イブキトラノオ

イブキトラノオ

イブキトラノオタデ科イブキトラノオ属で、イブキトラノオの「イブキ」は滋賀県と岐阜県の県境にある伊吹山からきています。伊吹山は全山石灰岩から成っていて、好石灰植物が豊富です。織田信長がポルトガルの宣教師に命じて、山麓に薬草園を開かせた事は有名で、全山薬草の宝庫と言われてきました。そのため古くから植物学者によって研究され、イブキの名が頭に付いた植物名が多くあり、これもその一つです。中国では「七葉一枝花」といい、毒蛇の咬み傷薬として用いました。日本では根茎を掘り取って天日で乾燥させ生薬とし、下痢止め・解毒薬として用いました。

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ウラジロナナカマド

 ウラジロナナカマド

バラ科ナナカマド属で、日本では大きく分けてタカネとウラジロの2種類とされますが、雑種も数種あります。ウラジロナナカマドは葉の裏が粉白色で、七つのかまどを通しても燃えないといわれていますが、そうでもありません。枯れ木はよく燃えます。学者によると、一般的な備長炭は800度位しか上がらないのに対し、ナナカマドの炭は火力が強く、2000度にもなります。この炭を作るのには7日間竃(かまど)で蒸し焼きするところからナナカマドと命名されたという方が妥当です。

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キソアザミ

キソアザミ

キク科 アザミ属 沖縄ではトゲを「あざ」と呼んでいて、アサギ(トゲの多い木)と呼ばれ、次第にアザミになりました。
また、アザムに由来するといわれ、アザムは「驚きあきれる」「興ざめする」という意味であり、花が美しいので手で折ろうとするとトゲが刺さり、驚きあきれ興ざめするところから付きました。ミは食べられる実からきたとも言われています。「トゲがあるが食べられる」きれいな花にはトゲがあるといわれるのはバラです。アザミもきれいですがトゲがあります。山菜としても古くから食べられ、薬草としても利尿、血圧降下、月経不順に効果があるとされています。
日本で一番多いのはフジアザミですが、他にもオニアザミ、ノアザミなど、250種類もあるとされています。

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キタザワブシ

キタザワブシ

キンポウゲ科のトリカブト属で、その花弁の形からトリカブトと言われていますが、中央アルプスのものはキタザワブシで、サクライウズとも呼ばれています。猛毒のアルカロイドはフグの毒に次ぐ猛毒を持つものが多いとされています。また、漢方薬としても用いられ、生薬名は「附子(ぶし)」で、毒として用いられる時は「ぶす」または「烏頭(うず)」と呼ばれます。アイヌの人はこの毒で毒矢を作り、熊狩りをしたといわれています。この矢をブシ矢といい、南米のインディオも矢じりに塗って狩りに使ったといわれています。

国立博物館植物研究室 門田裕一博士による『サクライウズをどのように扱うべきか?』より

私は1978年から中央アルプス、御岳、乗鞍岳のトリカブト属を集中的に調査しました。その結果、中央アルプスでは全域にキタザワブシが分布し、タカネトリカブトが北部と南部に見られ、問題の木曽駒ヶ岳とその周辺ではタカネトリカブトとキタザワブシが同所的に育成し、両者の交雑が起きていると推定しました。タカネトリカブト(花梗=無毛;雄しべ=無毛)とキタザワブシ(花梗=屈毛;雄しべ=直毛)の二種が交雑すると、まず花梗は中部以下が無毛で上部に屈毛が生え、雄しべに毛がないものが出現します。これがサクライウズのタイプ標本の形です。桜井氏が木曽駒ヶ岳でこのような形を採集し、中井博士がこれをサクライウズと命名した訳です。この交雑では、キタザワブシに似て花梗に屈毛が密生するが、雄しべに毛のない形も出現します。清水博士はこれをサクライウズとされました。群落の中にはタカネトリカブトに似て花梗に毛がないが、雄しべに毛があるものも出現します。「キタザワブシに似て花梗に屈毛が密生するが、雄しべに毛のない形」をサクライウズと呼ぶならば、これにも名前を付けて区別するべきだということになります。しかしながら、自然交雑の結果生まれてくる個体にそれぞれ名前を付ける事は合理的ではありません。私はかつて中央アルプス北部の将棋頭山・大樽小屋付近でこの山脈で最も複雑な群落を観察しました。観察したのは30年以上前のことですので、現在でも健在かどうかは分かりませんが…サクライウズを独立した分類群を認めるのなら、ここに出現するいろいろな形を同じように命名することになってしまいます。 結論として、私はサクライウズについて次のように考えます。

『サクライウズとはタカネトリカブトとキタザワブシの自然交雑の結果生まれた個体の一つに与えられた名前であり、実在する分類群(種、亜種、変種など)を代表したものではない。』

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コケコゴメグサ

コケコゴメグサ

ゴマノハグサ科コゴメグサ属で、中央アルプスの風衝草原(ふうしょうそうげん)に特産する一年草です。高さ2~6cmと非常に小さいので、はいつくばって探すぐらいです。
小さい白い花を小米に見立ててつけられました。
コゴメグサは6種類ほどあり、研究者によってミヤマ、マルバ、ホソバ、トガクシ、コバノ、コケと分けられています。
藪沢を渡り、馬の背ヒュッテに行く途中には、コバノコゴメグサが見られます。

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コケモモ

コケモモ

ツツジ科スノキ属で、苔(コケ)ではなくツツジ科の木です。秋に赤く熟す7ミリほどの実を桃にたとえ、全体が小さいので「コケ」という形容詞が付いたとされています。北欧ではリンゴベリーと呼ばれ、実や葉は利尿・尿道障害の薬用効果があると言われて使用されました。

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コバイケイソウ

コバイケイソウ

ユリ科シュロソウ属多年草で、5年に一度咲くといわれていますが、定かではありません。 同属にバイケイソウ、タカネアオヤギソウ、ミヤマバイケイソウ、コシジバイケイソウなどがあり、根茎にアルカロイドを含有する毒植物で、かつては血圧降下剤として使われていましたが、吐き気の副作用が強く、今は使用されていません。花が梅の花に似ていて、葉が蕙蘭(ケイラン)に似ているところから「梅蕙草(バイケイソウ)」と名付けられ、高山型が小梅蕙草(コバイケイソウ)と名付けられました。馬の背ヒュッテの付近では鹿が食べています。

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コマクサ

コマクサ

ケシ科コマクサ属で、高山植物の女王と言われ、他の植物と混生しないといわれています。
花の形が馬面に類似している所から命名されました。氷河期の遺物とされ、砂礫地帯の養分のない所に1m位根を下ろし群生します。やがて栄養ができると他の植物に譲ります。中央アルプス固有のものは絶滅し、北アルプスの蓮華岳と群馬の白根山から播種・移植されました。本来冬の到来とともに根元から折れて風に転がされ種子がばらまかれて繁茂します。木曽駒ヶ岳には元々コマクサがなかったといわれる説がありますが、昭和2年に登った宮田の平澤茂さん(宮田村郷土研究会会長)によると、馬の背の尾根頭(第1の峰)にはコマクサがあったと記しています。更に虎一氏もガイド組合の総会時(昭和63年)に大正時代には馬の背と宝剣小屋の飲料水・宝剣水を取りに行く途中にあったと講演しました。日本にあるコマクサの標本で最も古いのは明治19年(1886)の帝大標本目録にある信州駒ヶ岳産と記されています。1880年は矢田部・松村博士らがヒメウスユキソウを採取した年です。御岳にはコマクサが現存していることからして地形的に駒ヶ岳にもあったと思われますが、薬草採りに採り尽くされたとみられます。 天狗荘裏のコマクサは昭和52年駒ヶ根営林署の人達が大町博物館より蓮華岳の種子を入手し蒔きつづけてきましたが生育環境が適さず、発芽はしても繁殖せず中止となりました。

山口夫妻(2004年9月)一方、群馬県の白根山の山口雄平氏夫妻が養殖して昭和40年から本白根のコマクサ復元に取り組み中白根山で成功したので、昭和57年から2年間で8000株が中岳と駒ヶ岳の間の奥のお庭周辺に植えられました。雄平氏は怪我のため6年間中断していて、6年後に確認しに来ましたが、駒ヶ岳のコマクサは数本しか残っていませんでした。
その翌年から2年間に渡り、伊那市東部中学校の協力で300本の苗が植えられたものが繁殖し続けています。

 

 

 

 

             山口雄平夫妻

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シナノオトギリ

シナノオトギリ

オトギリソウ科で9種類ほどある中で、中央アルプスではシナノオトギリが見られます。

晴頼という名人鷹匠が、鷹の治療に用いていた秘伝の薬草がありました。誰もがその薬草を知りたがりましたが、晴頼は絶対に教えませんでした。しかし、ライバル鷹匠の妹と恋に落ちた弟がその薬草の秘密を漏らしてしまいました。怒った鷹匠の兄は弟を切ってしまいました。そのため、その薬草はオトギリソウ(弟切草)と呼ばれるようになりました。葉を透かして見ると黒く斑点があるのは、その時飛び散った血がついたものだともいわれています。

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シナノキンバイ

シナノキンバイ

キンポウゲ科に属し「金梅(キンバイ)」と名がつくものは5種類あり、その他はカタカナや別名のもあります。
シナノキンバイはエゾキンバイソウの別名もあり、韓国にも分布していますが、信濃の国(長野県)に産するキンバイ、(黄色い、梅の花に似た花)という意味であるといわれています。その他に、金色の杯の「金杯」と言う説もあります。大きな黄色い花は、まさに金杯です。

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ショウジョウバカマ

ショウジョウバカマ

ユリ科ショウジョウバカマ属で、雪解けと共に咲き、越冬時にヒヒの顔のように葉が緋色(ひいろ)になる事からこの名が付いたと言われています。
その昔は田んぼの水口などにも自生していました。

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チョウノスケソウ

チョウノスケソウ

バラ科チョウノスケソウ属の落葉小低木で、ロシア人で世界的植物学者のマキシモヴィッチの助手となった須川長之助は、47歳で全国を226日も歩き、340種の植物を採取し、本州中部高山で発見しました。その功績をたたえて「チョウノスケソウ」とつけられました。ミヤマグルマ、ミヤマチングルマという別名もあります。

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チングルマ

チングルマ

バラ科チングルマ属として、中部地方以北の高山の雪田周辺に咲き乱れます。イワグルマ、チゴノマイという別名もあります。 北海道には、ユウバリチングルマという特産もあります。
草花のようですが、氷河期の遺物で樹木です。(落葉小低木)
花がかわいらしく、散った後、種子に長い羽毛のような巻き毛が稚児車(ちごぐるま)に似ているところから、なまってつけられました。

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ツガザクラ

ツガザクラ

ツツジ科ツガザクラ属で、葉が線形で針葉樹の栂(ツガ)に似ていて、花が桜の花に似ているところから付けられましたが、ツガもサクラも関係なく、ツツジの仲間です。ちなみにツガとは、木が曲がるという意味の「とが」が「つが」に変化したものです。砂地で南向きの栂林にはマツタケと同類のツガタケというキノコが出ます。ツガザクラの群生地は岩場などの厳しい条件のところに生えていてキノコは出ません。

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ノリウツギ

ノリウツギ

アジサイ科アジサイ属で、ノリウツギの「ノリ」は樹皮の内皮を剥いで、水に浸けて粘液をだし、和紙を漉くときの糊として使っていたところからきています。この糊を使うと漉いた和紙同士がくっつかなくなるといわれています。
空木岳池山尾根登山道「鷹打ち場」から池山小屋までの登山道脇に群生しています。
花は枯れて茶色くなっても翌年まで残ります。そのため、和歌山県南部の山間部では、娘を嫁に出すときに「ノリウツギの花が無くなるまで帰るな」といって送り出す地域があるといいます。

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ハハコヨモギ

ハハコヨモギ

キク科ヨモギ属に入り、高山帯の砂礫地や岩場に生える多年草で、中央アルプスの特産でもあります。
花頭は球状に密集していて、全体に白い絹毛が多く、花の付き方がハハコグサに似ていて、葉がヨモギに似ていることから命名されました。中央アルプス、南アルプスにはありますが、北アルプスには分布していません。

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ヒメウスユキソウ

ヒメウスユキソウ

キク科ウスユキ属で、バッチやワッペン等のデザインに使用され、欧アルプスの女王、氷河の星ともいわれるエーデルワイスに最も類似しています。
中央アルプス固有の花であり、明治13年(1880)に矢田部博士が駒ヶ岳に登り、黄色の花の下に、白い毛でおおわれた葉が放射状に伸びた、美しい小さな花を発見しました。その後植物分類学の権威者松村博士によって、小さく可憐なところから「ヒメウスユキソウ」と命名され、今では環境省絶滅危惧種に指定されています。
近年(昭和36年以降)、コマウスユキソウともいわれますが、そのいわれは木曽駒ヶ岳にしかないところからきているという説があります。
「駒ヶ岳」という名の山は、全国22市町村で結成されている駒ヶ岳友好連峰会議では16峰と認定し、駒ヶ岳ファンクラブでは全国で24峰あると認定しています。
秋田駒にもウスユキソウがありますが、コマとは馬のことであり、可憐な花とは結びつきません。このことから発見者のルーツを重んじるのが妥当です。環境省でもヒメウスユキソウとされています。

ヒメウスユキソウ 登録01ヒメウスユキソウ 登録02

 発見者の東京大学初代植物学教授矢田部良吉博士の名が記されている。

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ミヤマキンバイ

ミヤマキンバイ

バラ科キジムシロ科キンバイと名の付くのは、ユウバリキンバイ、アボイキンバイ、ウラジロキンバイ、メアカンキンバイ、タテヤマキンバイがあり、同属にツルキジムシロ、クロバナロウゲがあります。
高さは小さく、7cm位で、地に張り付いたように植生し、登山道脇に見られます。

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ミヤマクロユリ

ミヤマクロユリ

ユリ科バイモ属で高山植物と言えばクロユリというのは有名です。 これは、織井茂子が歌った、菊田一夫の映画「君の名は」の主題歌になったアイヌの恋物語からとった歌のためだと思われますが、クロユリには「恋の花」の他に「呪いの花」としての言い伝えもあります。
かつて、針ノ木峠を厳冬期に越えたと言われる、戦国の武将、佐々成政に、早百合という愛妾(あいしょう)がいました。早百合は美しさのあまり、同僚の妬みを買い、成政の遠征中に小姓岡島金一郎との嘘の噂を流されてしまいました。それを聞いた成政は嫉妬のあまり、神通川堤にあった榎(えのき)に早百合をつるし、「吊るし斬り」の惨殺に処してしまいました。早百合は「もし立山にクロユリが咲いたなら、佐々家は滅びるであろう」と言って息絶えました。
その後、秀吉に屈服された成政は、何とか秀吉に機嫌をとって貰おうと、正室の北の政所に、誰一人知らない北国の珍花としてクロユリを献上しました。北の政所は立山の珍花として狂喜し、ライバルであった淀の方など招いて、得々として茶会を開きました。
この事を事前に知っていた淀の方は、茶会の後、白山のクロユリを3日でたくさん集めさせ、卑しい花として廊下にまで飾り、秀吉夫妻を迎えました。
北の政所の屈辱は激しく、何処にでもある花を珍花と偽り送った不届き者ということで、成政は大国肥後に飛ばされてしまいました。しかし、その後、領内でおこった一揆の責任を取らされ、切腹させられてしまいました。
クロユリの寿命は短く10日位ですぐしおれてしまいます。

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ヨツバシオガマ

ヨツバシオガマ

ゴマノハグサ科シオガマギク属で、葉が四方に輪生します。(3~6枚のもあります) 紅紫の花が咲き、セリバ、タカネ、エゾ、ミヤマ、キバナ、キタヨツバなどの種類があります。
花が唇形で、上唇が鳥の頭に似た形で、先がクチバシのように細長く伸びています。この長さによって種類を知ることができます。
シオガマは、海岸に並ぶ塩釜が浜を美しく飾るので「浜で美しい」が「葉まで美しい」になったところから付けられたといわれています。

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