嬉しがらせ

昭和42年(1967)にロープウェイが架けられる前までは、山小屋の食料や物資は、全て人の肩によって運ばれており、この荷揚げを専門にする人達を、強力(ごうりき=歩荷(ボッカ))と呼んでいました。歩荷は自分の体重と同じ重量の荷物を背負って登らなければ一人前と見なされませんでした。以前は、発電所から歩いて大根穴(だいこあな)から蛇腹沢(じゃばらざわ)、清水平(しみずだいら)と荷揚げしていましたが、昭和36年(1961)の伊勢滝林道開通と共に、うどん坂を登り、小屋場から長谷部新道を荷揚げするようになりました。今は廃道となった長谷部新道は、横手道でしたので、心臓に負荷はありませんでしたが、前岳からの沢を何箇所も渡らなければならず、危険な道でもありました。その昔、阪本天山が登った尾根まで来ると千畳敷ホテルが望めました。ここは歩荷の休憩場所であり、目の前にホテルが見えて「もう直ぐ小屋につける」と安堵(あんど)する場所でもありました。

しかし、ここからも何筋かの沢を渡らなければならず、なかなかホテルに着かなかったので、当時流行っていた歌にちなんで「嬉がらせただけだったのか」と言われたところからこの名が付けられました。