現在蛇腹沢と言っている所の地名は国土地理院の地図でも車沢と明記されていて本来の蛇腹沢は尾根を挟んだ東側の沢である。
ここの堰堤のできる前は長い木橋があり、梅雨期の増水で毎年木橋はながされたので増水時は通行不能であった。

蛇腹澤の謂れは{マムシが居るから蛇腹と一部に付けられたと言い伝えられている} 「昭和30年時代の中学校登山の栞にマムシ対策の注意書きが記されていた」初代ガイドの虎一翁は87年間登っていたがマムシを見たことがないといわれていた。
高度が高く蛇の餌となる小動物等がいないのではと言われる。
当時の蛇腹澤は澤の手前に造林小屋があり小屋の少し上を渡渉し清水平への急登を旗を経て登った。
急登の道傍に春蘭が咲き、あたかも蛇がのたうったように見えたところから付けられた。(山に生きる虎一書)

車澤