極楽平と乗越浄土

大正時代の宝剣縦走は、大変困難で技術を要しました。そのため、迂回路として、乗越(のりこし…当時は乗越浄土という名称で呼ばれていませんでした)から獣道を辿って、千畳敷に下り、現在のホテル付近からハイマツ漕ぎをして稜線に出るふみ跡があり、逆さハイマツ漕ぎは大変な体力が必要で、地獄のような苦しみを強いられました。そしてやっと稜線に抜け出た時、極楽のようだと安堵(あんど)したところから「極楽平(ごくらくだいら)」と付けられました。後にロープウェイが開通し、八丁坂登山道が整備されましたが、稜線に出た場所には名前が付けられていませんでした。当時、国有林の管理は営林署が絶大な権限を持っていて、登山道も署の林班管理の巡回路として独自の道を管理していて、署員が毎年点検していました。その巡回員たちによって極楽平の反対側ということで、「乗越浄土(のっこしじょうど)」という名が付けられました。八丁坂の名称もこの時付けられたといわれています。乗越とは片方の谷から登り尾根を越えて反対側の谷に下って行くという意味で、北アルプスでは乗鞍乗越、飛騨乗越などが知られています。本来乗越とは地形を表すことから、固有名詞の後につけるのが慣例ですので浄土乗越が文法上は正しいのかもしれません。

ちなみに駒ヶ岳に八丁坂は3か所あります。有名な桂木場登山道と、北御所登山道の清水平の上と、千畳敷カールの上です。いずれも急坂が長く続くことからつけられた名前ですが、実際にそれぞれの坂が1丁(約109m)の8倍に相当する872mあるかどうかは検証されていません。

極楽平と乗越浄土