信州大学学部誘致の時大学林が必要であり、当初は空木平一体が所有となった。したがって駒峰山岳会は空木平の避難小屋を借りるのに、
自分達の先輩が作った避難小屋を信大から借りる羽目になった。
昭和24年に学校の都合で(学生の実習煮都合が悪いという事で)市有林の現在地と交換した。

 この中にある信大ルートは地元の行者でしかも区長を代々勤めた唐木金弥さんを中心に、内の萱部落と平澤部落の人たちが
割り当て出ずらで作ったルートである

胸突き八丁