池山の水場のそばに1本だけシラビその木があり、その奥に窪地がある。大正時代まで水が溜まり池となっていたと、中アの開拓者堺澤虎一氏は「山に生きる」の著書の中で記している。それが池山の謂れとなった。其の後水がなくなってしまって山人達は「水干」と言っていた。
この水は、尻無しの沢から300mも引いてきている。

水場

           水場にある水桶は尻無しの湧水を300m引いている

しらびその木
             水場に一本だけあるしらびその木この奥が水干