大正時代に池山に牛馬を放す牧場としていた。池山は市有地であり昭和27年当時は民有地との境・鷹打ち場上に有刺鉄線が残っていた。

その名残で馬屋から馬が出て行かないように馬屋の戸口に馬栓棒があるが、「なぎ」がその役目をしていたことから付けられた。

この付近で1本だけ残っている天唐

加ってはこのなぎの上を歩いたが崩壊が進み登山道が土庇となったため、中腹に道が変はり、近くの木に道標があり登山道からは望めない。

この付近で1本だけ残っている天唐
    この標識は昭和43年に妻が書いて一緒に取り着けてたものである
      檜の板に墨で書いたものは、100年以上風雨にさらされても持つ先人の知恵であるつる。