1956年頃の高校は、どの学校もクラブ活動が盛んであり、特に山岳気象班は、伊那北高校は駒ヶ岳の宝剣小屋付近にテントを張り、高松高校は空木平の避難小屋付近にテントを張り夏休みに半月に亘り観測をしていた。

高松高校は、石室の隣にテントを張り2.3人交代で泊り込んでいた。当時食料や物資は人の肩で補給していて、顧問の先生・久保田と言った先生が土曜日に月明かりを利用して何度か荷揚げをした。 その先生が迷い尾根を過ぎて、なだらかな今の処に来ると「ほっと」してまるで、散歩気分で歩けると表現したことから山小屋を管理している者達が言い出した。

迷い尾根からしばらく横手巻き道を進むとタカネナナカマドの大木がある

高根ナナカマドの大木
高根ナナカマドの大木

この木の元を過ぎしばらく行くと「ヨナ沢」のピークからきた尾根道に出る

冬山のテント基地などに使われている場所が通称「散歩道」と地元では呼んでいる

散歩道

       ここから15分位のなだらかな登山道となりこの間を散歩道と呼ぶ