木曽駒ヶ岳では最も古い小屋の跡に明治38年頃建てられ後藤重太郎が管理していた。

1913年8月の中箕輪尋常小学生と校長の遭難事故はこの小屋から始まった。当時の石垣は今も山荘の前に残っていて雪から小屋を守っている。