明治以前の登山者(信者)は、今のような登山道はではなく權現つるね尾根を登り馬の背を経て山頂に登った。

当時は登山道はなく、先達が尾根筋を先導していた。今は尾根にジクザクと旗を経て登るのでなんでもないが、当時は急登で難所であった事からつけられた(裸馬の背は滑り落ちる)

    

                            馬の背の頭から濃ヶ池